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カテゴリ:人生( 16 )

感情の変化

昔は 直情型の私でした

言えば うまく行くかもしれないお世辞はもとより言えず
言葉にこそ出さないまでも 感情が顔や態度に出てしまう…

特に 子どもたちには たくさん暴言を吐いたかも…
母子家庭の母を 長くしていて 仕事に追われ
その狭間でのジレンマ(di lemma)に 
うまく 感情をセーブできず…

そんな繰り返しの 愚かな母でした

娘たちは時々 子どものころ 私から受けた
不本意なことのいくつかを 今も言います

私は後悔すれど 時ははるかに過ぎ去って
今ではどうにもできません

このごろ 娘たちが私に母娘だからこそ言える
そんな批判に 若さを感じます

私 最近は 自分にも他者にも 上手に折り合いをつけて
感情が尖ることなど ちっともない毎日です
これも 歳を重ねてきて得た 学習成果?

そして 子どもたちの近況や 姿に接するたび
幼いころが思い出され 今は親になった子に
「大きくなったねぇ・・・」と 感じるだけで 涙腺が緩みます

生きること 暮らしを守り続けることだけで
精一杯だったあのころ 子どもたちだけには
楽しく 幸せな子ども時代を送らせたくて
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ただそのことだけに 努力していました
必死だった日々 思うに任せない子どもの行動に
自分の思いだけを ぶつけたことも度々…
思わず 手が出たことだって…

そんな中で 子どもは子どもなりに
きっと傷ついた場面もあったことでしょう
今も トラウマになっているのかもしれません
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母親としては ただ 子の幸せを想って言った言葉も
思わず 激してしまったことも
しかし 今となっては取り返しがつきません
こころに傷を残したのかもしれません

明日 40歳を迎える長女に
プレゼントに添えて カードを贈りました

「いくつになっても あなたは 私のかわいい
 大切な娘です…」

これからも 人生にはいろいろあるけど 
幸せにね!と 祈りを込めて・・・

書いているだけで 字が霞んでしまいます
ああ 歳をとったもんだわ(^^)
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by neko_pen | 2009-12-12 11:11 | 人生

道のり (11)

「道のり」 今夜が最終回にさせていただきます
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京都の親友たちは、私の生涯の宝だと思っています。子どものころか
ら「右が幸福、左が不幸って書いてあったら、必ず左を選んでしまう」
と友に言わせ、心配をかけた私の人生。妹の看病で、仕事を気にしな
がらも京都から離れられなかった私に、妹もかわいそうだけど、私たち
は生きて残ったあなたの今後がもっと心配、と涙を浮かべて仕事に
戻るよう、妹のことは諦めるよう、気遣ってくれた友。ふるさとの大切な
親友たちと、これからもずっと親交を紡いで行きたいと思っています。
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そして、こんなオババになるまで私に仕事の場を与えてくださった
最盛期にはたくさんのチェーン店のあった、お店の代々の店長、
若い子がたくさんいるのにご贔屓くださった大勢のお客さま、更には
夜働きながら勤めた会社の社長の、私への信頼も嬉しかった。
忘れてならないのは離婚はしたけれど、お互いの人生が歩み
寄ることが出来たら再び、と思いながら運命の横道に互いにそれて
しまった、元の夫。彼はそれが可能になったときから下の子の大学
進学が決まるまで、世間の相場より恐らくは遥かに多い養育費を送り
続けてくれました。また、彼の父親(子ども達のおじいちゃん)も、いつも
案じてくれ、配慮をしてくださいました。
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連絡も途絶えがちになったある日「子ども達の進学費用などは充分に
あるの?僕は、もう長くないよ。足りなかったら正直に言いなさい」と
電話を下さり、その一年後に、本当に亡くなってしまいました。
その電話のときも、私はほんとは言えるものなら「どの子にもきちんと
教育をつけさせたいのでお願いします」と言えば、して下さる義父でしたが
縁が切れて久しいのに、そんなこと言えません。精一杯やせ我慢の見栄を
はってぜ~んぜん大丈夫です、と言っていた私でした(^^)
だってそうでしょう?普通、離婚した息子の元妻や、孫の心配をして、
ご自分の最期を感じたときに、わざわざそこまでしてくださるなんて・・・
今でも思うのですが、私は何とたくさんの、心ある方々、優しい、とか
温かい、などという表現では足りないくらいの大きな愛に守られてここまで
やってきたのです。感謝してもしきれません・・・

楽しいことを見つけるのが好きな私は・・・
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by neko_pen | 2006-11-13 19:40 | 人生

道のり (10)

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もう 10回目なのですね また続きを書かせていただきます

腸閉塞の手術をするために開腹をしたら、癌が見つかって余命を3ヶ月
から半年と宣告されて、入院治療を受けていた妹は、それでも1年3ヶ月
間、いのちを燃やし続けました。子どものころからわがままでしたが、痛み
苦しみも手伝って、私には八つ当たりがすごかったものです。病人の権利
のように贅沢も言います。京おんなの姉妹です。芯は強いのですが、
いらいらや苦しみを、私にはぶつけました。先生や看護師さんには痛みが
どんなにひどくてもにこっと笑って我慢するくせに。
私でよければいいよ・・・と思いながらも日が経つにつれて、心配は彼女の
病状以外にも山積みになってきます。婚家を出るときそのままにしてきた
らしい、生命保険は切れていて、全て実費の支払い、高額医療補助だけが
救いでした。相変わらず、新幹線での行き来は続きましたが、どんどん弱っ
てきたころはずっと京都に滞在して病院に通いました。
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ベッドの脇にずっといるので、1ヶ月もすると、手編みのセーターが編みあが
ります。「お姉ちゃん、そのセーターええ色やなぁ」「元気になったらプレゼン
トしたげるから、はよ治りや」とりとめもない、空しい会話が続きます。病状
は一進一退して、桜の季節もあっというまに過ぎ、2度目の夏、小康状態が
続いて東京に帰ったある日、病院からとうとう最後の電話がありました。
もうその日が来ます。来てあげてください・・・これまでもそうしたように、私の
親友たちに様子を見てもらうように頼んですぐに京都に向かいました。
もう、意識がなかった妹は、その日のうちにあっけなくひとりで逝ってしまい
ました。何度も何度も、「痛いて言うてるやんか。早よきて!」と、私を
てんてこ舞いさせたけれど、今度はもうだめなんだなあ・・・と、ひと目みて
わかりました。
魂が昇華した瞬間だったのでしょうか。それまで苦しみに歪んでいた妹の
表情は、すっと和らぎ、とてもきれいな顔になりました。死化粧をしてもらっ
ている妹を見ながら「いやあ、ほんまは美人やったんやなあ」とつぶやいて
ずっと妹の手を握っていることしか出来ない私でした。この日が必ず来ると
わかっていた、覚悟もしていたのに・・・

旧友の思いやりのありがたさ・・・
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by neko_pen | 2006-11-13 00:28 | 人生

道のり (9)

きょうは 仕事の用事の帰りに 久しぶりにぶらぶらした 
新宿副都心 中央公園の紅葉を 見ながら読んでくださいね
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まだ麻酔が覚めない妹を、その夫に託して、私は逃げるように京都を後に
しました。覚めて、腸閉塞の手術が終わったと思っている妹にどう対応出
来たでしょう。癌であること、余命についての告知をしてから手渡して貰う
ように、一晩かかって手紙を書き、彼に託しました。帰って暫くは電話で連
絡を取りながら仕事に打ち込みました。妹は抗がん剤治療に入ったようで
癌であることは知っていて、治療で治ると思っているようです。手紙を託した
相手は余命について残酷で告げられない、と言います。私と子ども達の考
えは、誰にでも人生を終わるときの心構え、一回きりの人生の幕の下ろし
方があるから、余命を告げるのは、つらくても家族の使命だと思っています
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夏、一時退院をした妹。私たちにはこの次入院したときはもうだめだとわか
っている退院も、本人は快方に向かっているからだと喜んでいます。結局
私が京都に行って話さなければならないことになって、暗い気持ちで新幹
線に乗りましたが、やはり、どうしても言えません。何と残酷な役目でしょう。
その上、ずっとうまくいっていなかったらしい妹は、退院できたから離婚し
た、と、けろりと言うのです。元々、とてもとても気が強くわがままな妹なの
です。間もなく再入院。今度は病院から私に直接連絡がありました。その
時点で、妹のことは全て私に役割がまわってきました。全てです。病院の
費用、妹の借りているマンションのお家賃、光熱費、何もかもです。まだ
大学生がいる私に・・・妹の病気は勿論心配で心はパンクしそうです。
でも、経済的なことが覆いかぶさってくる不安はそれ以上です。
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ここでもまた、私の戦いが始まります。東京、京都間を何度も行き来し
あっというまに症状が重くなった妹の、痛み、苦しみ、不安ゆえの常軌を
逸したわがまま。「すぐ来て!苦しいねん。」京都と東京は本当に遠いと
思いました。京都に居ると仕事や収入のことが気がかりで、東京に居る
と病状が気がかりで、あの頃、私の心はどこにあるか自分でもわからな
かったほどです。冬、冷たい風が加茂川の川面から吹き付ける橋を涙を
流しながら往復して、病院に通いました。どうして私にばかり、こんなむご
いことが起こるの?と、神さまを恨みたいことがどんなにあったことでしょう。

道ですれ違う人を、誰かれなく捕まえて「妹がいなくなってしまう!誰か助けて。
お願いだから病気を治して、元の妹に戻して!」…と叫びたい気持ちでした。
でも、そんな感傷に浸ってはいられません。誰の生活にもあるように色々な
支払いが私のもとにきます。妹の夫は離婚届を出したときから、私にバトン
を渡したままです。高額医療費の補助や公的な補助がこの場合は適用され
るという事がわかって少しほっとしても、さらにいのちの灯が小さくなっていく
妹に付き添うため、仕事はもう絶望的です。元々、食うか食われるか、とい
うような、日々「生き馬の目を抜く」性質の仕事です。「今から8人で行く
から」お客様から携帯電話に連絡が入っても「ごめんなさい、今京都なの
で」ああ、8人・・・売り上げ大きいなあ・・・と思いながらも諦めます。
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by neko_pen | 2006-11-10 22:01 | 人生
b0088037_81241100.jpg街の木々には少しずつ紅葉が始まり 
はらはらと落ち葉も舞い降りています
晩秋の日々を ゆっくりと過ごす余裕もなく
また次の日々へと 向かいます


b0088037_8204267.jpg今日は副都心の一角にある
職場の本部に行き 雑用を済ませます
来週末にはもう 次の舞台に立っています^^


b0088037_828627.jpg次に暮らす場所は ここからバスで15分
川の堤防から 夕方思いがけず
こんなにきれいな 夕富士が見えました


b0088037_8301339.jpg半年前までは 机に向かって
電話ばかりの仕事
今度は毎日 人と対面して
会話します
それを 楽しみにしています

(「道のり」は 夜 続きが書ければ
書きます)
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by neko_pen | 2006-11-10 08:42 | 人生

道のり (8)

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息子の、ひとつのことをとっても、書くとこんなに長くなるのですね。
子ども達とはそれぞれ、哀しいことやつらいこと、一緒に何とか
乗り越えたことなど、どこのおうちにもある出来事はたくさんありました。
さて、息子のバイクの事件から半年も経ったころ、家庭裁判所から
一通の呼び出し通知が来ました。家裁へは、離婚の親権者のことで
行って以来です。バイクの件は、本人は悪いこと、犯罪だなんて全く
思わず、逆に朽ちていくものを再生して役立てよう、ぐらいに思って
起こった出来事だったので、その後も学校と塾とバイトとを忙しく過ご
していました。私は3人の子の教育にかかる膨大な(私にとっては)
費用を稼ぐことに明け暮れていました。
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横道にそれましたが、裁判所では、もの静かな係官の方が、息子に
いろいろ質問されました、その中で印象に残ったのが「君は将来どんな
仕事をしたいの?」「また先になったら変わると思いますが、今は漠然と
図書館司書になれたらいいな、と」「そうか、本が好きなんだね?」「はい、
通学に電車の時間が長いので、たくさん読めます」「どんな作家が好き?」
「太宰や宮沢賢治、芥川をよく読みます。最近その関連でカフカをちょっと
読みました」息子の読書については、この頃、そういう傾向なの?と初めて
母親は知りました。きっと試されたのでしょう。係りの方が「じゃあ、太宰の
○○は読んだ?どう感じた?」など、ひとしきり話したあと、「君の夢が叶う
ことを祈っています。勉強、頑張ってください」と、そして私には「お母さん、
息子さんは全く心配ありません。お母さんの信じていらっしゃるように
きちんとしたお子さんです」と、行って帰してくださいました。今度は、警察
からの帰り道よりもほのぼのとして、「お腹すいたね」とラーメンを食べて
帰りました。

時はまた何年か経って・・・
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by neko_pen | 2006-11-09 15:03 | 人生

道のり (7)

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そんなこんなで「ま~ったく、子ども命なんだから」などといやみを言い
ながらももうその頃には口説くのも諦めて通ってきて下さったお客様は、
のちには同窓生のように私のいいお友達です。
私は、この職場で働いているときでも、頼まれれば洋服を縫うこともした
し、カルチャースクールにいって何かを身につけることをして、自分が
夜型の人間にならない努力はしました。でも年とるにつれて、疲れて
きたのですね、子どもを学校に出してから少し睡眠をとったり、お弁当が
間に合わなくて学校に届けることもたまにはありました。
暇があったらガーデニングをし、何か手仕事をしているのが幸せでした。
普通の会社なら定年を迎える年齢になる頃は、デパートで毎日洋服の
お直しの仕事をしながら、夜、店には週3~4回行きました。どちらの
仕事も好きでした。
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子どもも3人いると、いろいろな子がいます。大人になるまでの過程では
それはいろいろ心配もあり、衝突することもしばしば。学校から帰って、
私が出勤するまでの僅かな時間に、気がかりなことは話し合っておかな
ければなりません。子どもも自分の主張をします。思いきり言い合って
通勤の車を運転しながら、涙で窓外が霞んだことも度々です。それでも
その車の中で、家から職場へと気持ちを切り替え、企業戦士が鬱屈を
晴らしに来る席へはにっこりと笑顔で臨むのです。
息子は高校に入って誕生日が過ぎるとすぐ、バイクの免許を取りました。
スーパーの青果部でのバイトもはじめて「母さん今日からおれはお小遣い
要らないよ」といい、いつまで続くやら、と危惧した私の思いをよそに、
とうとう受験の前まで勤めました。よく働いてくれるから、と店長がご自分の
ポケットマネーから時給を20円プラスしてくださったりして「バイト先での
人間関係がすごくよくて、辞めるっていいにくいんだ」と言っていました。
お給料以上の、なんてすてきなものを、この子はバイト先でいただいた
ことでしょう。

また、こんな事件もありました
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by neko_pen | 2006-11-07 19:55 | 人生
今でも どうしてこんなことを書き始めたのか
どうして 書いてしまいたいのか・・・

・・・わかりません・・・

決して暴露趣味(^0^)でもないし 
むしろ ブログは 大勢の方が見てくださるので

ほ~っと こころ和むところにしようと
いつも 心がけていたつもりです

正直言って 毎日「道のり」を書いていて
書いてしまうという行為に 気持ちが重いときも

なかなか 先へ進めないときがあります
けれど 何かに憑かれたように 書いているのです

これからの仕事は しっかりしないと!と
自分にはっぱをかけ 奮い立たせないと出来ない

でも やりがいがあると思っています
ちょっとやそっとで へこたれないように

自分で 自分にけしかけて 前進しなくちゃ
と けじめをつけて さあ出発!みたいな気持ちなのです

長々と つまらない人生のことを書いたりして
ごめんなさいね 飽きたら throughしてください

これが終わったら また ほんわかした
ほっとした場所に していきたいと思いますm(--)m
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by neko_pen | 2006-11-06 23:57 | 人生

道のり (6)

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というわけで、私の「オミズ奮闘記」なのですが、下の二人はまだほんとに
小さかったので、昼の間に朗読して入れておいた「まどぎわのトットちゃん」
などをエンドレスにして、ベッド脇に置いたラジカセで私の声を聞きながら
寝てくれるようセットして出かけたり、色々悩みながら仕事を続けました。
あの時期、語ればキリがないほどの子育ての悩みを抱えながら、店では
あふれんばかりの笑顔で接客する私でした・・・その間には夫との協議離婚
も何とか成立したのですが、その時点ではまだ、彼は子どもにとって父親
なのだし何とか仕事を立て直してほしいと願っていました。頑張って借金も
返済して、また、元の家庭に戻れればいいなあ、と。
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けれど、人は変わるもの。いつしかそんな思いも押し流されて時は流れて
(この辺、スピードでいきます^^)、子どもたちもそれぞれ大きくなってきて、
もう少し広いお家に住みたいね、ということで、あと2万円ほど頑張ったら、
庭付きのテラスハウスに住める・・・みんなで自転車を連ねて見に行き、その
公団の賃貸住宅の抽選にうまく当選して、職場から少し遠くなるから私は連日
睡眠不足を我慢して、車の運転免許を取得、もうこのころには経済的には
一応安定していました。
ちょうど、長い間音信不通だった夫から連絡が入り、会社を持ち直したか
ら、ということで慰謝料、養育費を含む、少しまとまったお金を貰いました。
でも、持ち前の「ぼんぼん」が、簡単に変わるわけもなく、それからは何度も
会社は建てたり倒したり・・・この時点で、私はひとりで子どもたちと生きて行こう
・・・ともう振り向きませんでした。人はいいけど、困った夫、色々ありました。

こんな時期に貯金を頑張っていたら・・・
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by neko_pen | 2006-11-06 20:04 | 人生

道のり (5)

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長々と こんなつまらないお話にお付合いいただき
恐縮です ただ 本人はここを通り過ぎないと

人生次に進めないような 気持ちになっております
何日かで終わらせますので その時まで無視して

元に戻ったときにまた いらして下さっても
そこではまた こころ和む日々を ご一緒ください
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さて、いわゆる水商売の世界では実にさまざまなことに遭遇します。
見聞きしたことも、これまでの専業主婦の日々からは考えられない
世界でした。でもそれも今思うと毎日が戦場のようでありながら、何と
人間くさい心がジーンとする世界だったことでしょう。今、これを
読んでくださっている、ごく普通にお暮らしの奥さまには、こんな過去を
語る私、こんな経歴を持つ私の心のうちを測り知れない、と思われる方も
あるかもしれませんが、これらの道を辿ってきたからこそ、今の私があり
どんなに心を成長させてもらったか、ひたすら感謝の気持ちです。
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当時はバブル景気の頂点は過ぎていても、まだまだ日本中が浮かれて
いるころです。3人の子どもを持つ、母子家庭の母は昼と夜とでは180度
異なった世界を生きていました。心の中では子ども達をきちんと
育て上げるまでは、どんなに辛くてもこの仕事以外に高収入はありえ
ないのだから頑張ろう!と、闘志満々で通勤していました。
お客さまは会社では企業戦士、そろそろ中年の悲哀漂うおじさまたちが
接待で来店されたり、また個人で見える方もありましたが、それぞれ
会社とご家庭の間で、ちょっとリラックスしてという方が多かったようです。
私は周りを観察して、自分なりに接客の方法も工夫し、何よりも話題に
ついていけるように努力しました。普通なら、隣り合わせに坐って話を
するなんて出来ないような、企業のトップの方などとも話す機会が多い
のですから、話題や話術をこっそりと勉強もしました。

初めていただいたお給料は
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by neko_pen | 2006-11-05 15:07 | 人生

いよいよ 春から自由人になります


by neko_pen